奈良
奈良には随分と昔都が有った。何しろ首都だからたいそう栄えた事であろう。
大きな仏像も建てた。子どもなら優に通れる柱の穴がその仏像の鼻の穴のサイズと同じだと言うのだから、相当な大きさだ。
奈良には山が有る。寺と神社が有る。鹿がいて、私鉄の電車と国道も走っている。
それ以外には特に何もない。なぜなら地下に沢山の物が埋まりすぎていて何を作るにも適さないからだ。
それでも私はそこで育った。
二重人格
二つの顔を持つという事なのかな?つまり君が言いたいのは。でもそれだからって、まだ君が二重人格だと決めつけるには早いんじゃないかな。
僕は思うんだよ。
それは君の適応能力が強いという事を示すんだから良いんじゃないのかな。
それはつまり、相手によって君の形が変わるということなんだろ。うん、やっぱりそうなんだろ。それなら僕にだってわかるよ。ここにいる僕は君の前にしか居ない。そうなんだ、これは本当だよ?
そうだね、やっぱり君は二重人格では無いんだよ。どれも君なんだよ、それを肯定しなくちゃ。全部君なんだよ、君の一部なんだよ。全部合わせて、それでやっと君の全部になるんだ。
そう考えると僕は君の全てを知ろうとして、逆に君の一部しか知らないと言う事を知ってしまったんだね。
ぬかるみ
すっかりぬかるみにはまった。
しっかり抜け出せなくなった。
無理矢理にだけど引っ張った。
右の靴だけ無くなった。
どうやら明日になっていた。
今日から昨日になっていた。
全てに間に合わない毎日。
どこからどこまで自転車操業。
同じ事の繰り返し。
日記に書いては読み返す。
返事はいつも遅れて返す。
自己満足さえ得られない。
泥沼どろぬまぬかるんだ。
水たまりよりも質悪く、
池よりも更に底深く、
汚れた僕は戻らない。
岸辺に手なら届かない。
油断も隙もありゃしない。
つぎはぎだらけのこの隙間から
泥水冷たく凍り付く。
努力も虚しくまとわりつく。
悲鳴ばかりが耳に付く。
猫
黒猫が視界を横切ると縁起が悪いらしい。でも幸い近所には黒猫は住んでいない。だから視界を黒猫が横切った事はない。視界を横切る物と言えば、黒い犬が住んでいる。そしておばあちゃんの家に昔いた猫にそっくりな柄の、親子の猫が住んでいる。犬は向かいの家に住んでいて、時折スーパーでご主人のお帰りを待っている。猫は隣の隣の新聞屋さんの飼い猫で、自由気ままに色んなところに現れる。犬は近所のおばさん達のアイドル。猫は近所のカップルに日々かわいがられて、写真まで撮られる。
私は三階建てのアパートの、三階の角部屋に住んでいる。そこと学校とを行き来する毎日。時々後輩にバイト先で目撃される。特にご近所さんとのつきあいが有るわけでもない。夜中に帰ってきて次の日の朝になればまた家を出て行く。その繰り返し。その合間で死のうかと考えたり、幸せを感じたりする。
たまに遠くへ出かけると黒猫を見かける事も有る。その時は、本来なら縁起が悪いはずなのに物珍しさから思わず猫を目で追ってしまう。
遠くへ出かけても私は必ずその日の夜には自分の家に帰り、眠りにつく。次の日になればまた元の生活に戻る。その繰り返し。その合間で永遠に生きていたいと考えたり、誰かの事を想ったりする。
のぞみ
ちょっと青い羽根で飛びたいような
足下だけ魚
深い水に沈んでいくの
ここはもう青ではなくて黒
黒い中では見えないかしら?
はばたく両手は
空と私を抱えている