歩きながら考える、日常の風景 前半


 夕方の街を歩く。冬の夕方は早く、最近では段々とまた日没が遅くなっていくのを感じるけれど、それでも午後五時には真っ暗になる。夜ご飯の良い匂いがしてくるにはまだ早いけれど、それでももう家々の窓には明かりがともり、団らんの雰囲気が伝わってくる。空を見上げると雲一つなく、そのせいなのか、いつもよりも頬がきりきりと痛い。星がきれいにみえ、その横に昇っていく月も見える。
 有は歩いていく。その目に写るのはいつもと変わらない、有の住んでいる街だ。何も変わらない。けれど有の心の中はどんどんと変化していく。いつも沢山の不安に飲み込まれそうになっているけれど、その不安の形はいつも違う。時々不安が完全に姿を消してしまうこともかるけれど、その時に胸の中を占める喜びも、いつも違う形をしている。
 不安になる事なんて、だいたい誰だって同じ様な事なのだ。人間関係と、将来のこととと、今を生き抜くために必要なお金のこと。それが、それぞれの人によって条件を変えているだけなのだ。それでも、自分の事となると、そんな簡単には済ませられなくなってしまう。有だって同じだ。
 人間関係は目をつぶってやり過ごす。気付かないふりなのか、それとも本当に気付いていないだけなのか。そんな風に適当に全てをやり過ごそうとするものだから、なおさら周囲との摩擦が拡がっていく。もちろん優にだって仲の良い友達はいる。けれど、有は必要以上に踏み込むことをしない。本当は出来ないだけだって事を、自覚してもいる。だから誰かと深く付き合うことを恐れている。
 有は一人で歩いていく。手と足の先がかじかんできた。有は手をポケットからだし、両手でそっと自分の手の感覚を確認する。曲がった指と沢山の逆剥け。血の巡りが悪くなって黄色くなった手のひら。それがまだ付いていることを確認したらもう一度ポケットにつっこむ。そして再び思考に沈み込んでいく。
 お金のことなら我慢すればどうにかなる。今までだってそうやって乗り越えてきたのだし、今後もそうなるのだろうと思っている。ただ、将来の事となると全く分からなくなる。自分が何を目指しているのか、自分が何をしたいのか、自分が何に向いているのか、自分は本当に必要とされているのか。ただ毎日を無駄に過ごしているだけで、答えも探すことが出来ない自分に何が出来るのかと有は自分で自分に散々問いかける。答えは返ってこない。


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