僕の名前 10


「祝いの品はね、別に物じゃ無くて良いんだよ。一芸を疲労できる奴はそれで良いんだよ」
「ならば、その一芸と言う物を見せて貰おうか」
長が言う。この二人にも見せてあげよう、一日中だましていたんだから。と一緒に座って見るように促してくれた。
 ねぇさんは舞っていた。軽々と中を飛び、そして地に足が着くときの音が響き、軽快なリズムが作られる。頭の高いところで結んだ髪の毛が揺れて、そこに刺さった紫のかんざしがきらめく。浴衣の黒い中に時折見える鮮やかな色が、ねぇさんの陰について踊る。ひらひらと舞う、その様子は花の間を飛び回って甘い蜜を集めるチョウそのもの。
「あ、オオムラサキ」
そうつぶやいたのは僕だった。そしてその瞬間、ねぇさんは消えた。ねぇさんが舞っていたはずの所に、一匹の大きくて綺麗なオオムラサキが舞っていた。
「オオキが、チョウになってしまった。君は、君の世界での彼女の名前を呼んでしまったんだな。だから彼女だけ、君の世界での姿に変わってしまった」
長がぽつりと言った。

「そうだ、ぼくと陽一は別の世界からきたんだ」
明もぽつり、と言った。
「そうだね、私は君達の事は見たことがある。特に人間の弟、君は私を知っているはずだな」
「あ、あの滝のお」
「いや、言うな」
長が明の口を塞いだ。
「言ってしまったら私は元の世界での姿に戻ってしまう。そうなったら、もう話せなくなってしまうんだ」
長は言った。この世界では話す事が出来ても、僕と明が元々いた世界では交わる事も無かったはずだ。だから、僕達の元の世界での姿に戻ってしまうともう出会うことも出来なくなってしまい、僕達二人を送り返す事が出来なくなる。
「ぼく、陽一と一緒に帰らなきゃ」
明が言った。
「君達、本当に帰りたいのかい?」
長は凄く残念そうな、そして寂しそうな顔をして聞いていた。僕は、そうまどう。
「どうしても。ぼくは陽一と一緒に帰りたいんです」
明が、大きな声で言った。


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