僕の名前 8


「ぼくは、長の事をもうずっと前から知っていました。だから、今日滝に落ちた時に長を見て、それで、長について行けば帰れると思って、それで」
「それ、どういうこと?」
僕には良く分からない。
「お祭りは楽しかったけど、でもぼくは帰りたくて、長に会うためにお祭りに行ったんだ」
「じゃぁ、君はオオキに案内されなくても私の所へ助けを求めに来るつもりだったんだな?」
明が大きくうなずくのが見えた。明が一人でそんな事を考えていただなんて。
 しばらく考え込んでいた長が向き直り、組んでいた腕をほどきながら言った。
「意図せずに他の世界へ行く事は簡単だ。時も選べないし世界も選べない代わりに何も必要ないから」
じっ、と長が僕と明をじっと見つめて言う。
「確かに君達を元の世界に案内する事も出来る。でもそれには代価が必要だ。別の世界へ出るためには、ここに何かを置いていく必要がある。だからそれを払って貰うけれど、君達は何か持ってきたかい?」
手の中に有る物といえば、光魚の袋だけ。
「これだけ、です」
長はそれをまじまじと見て言う。
「駄目だな、これはもともとここにあったものだから。別の世界へ出るためには、その人が持ってきた物でないと。もし何も持っていないなら君達の中から、一番大切にしている物を抜き出さなければならない」
僕達の中から、一番大切にしている物を抜き出す。つまり一番大切に考えている事を忘れてしまう、という事だろうか。
「それは、何?」
静かに明が口を開いたが、その目を見つめて長が迷いを顔に浮かべた。
「人間の兄、君も帰りたいんだな?」
僕は、ただ明と一緒ならば大丈夫だろう、という気でいた。だから、帰りたいのかと言われると分からない。
「明は、どうして帰りたいの?」
「ぼく?ぼくのせいで二人とも滝から落ちたから、今度はぼくが元の所に連れて帰る」
明は僕を滝に落としてしまったことを後悔しているのだ。本当ならば僕が明を支えて滝に落ちない様にするべきだったのに。そんな明の心遣いを、無駄にしたくはない。
「僕も帰りたいです、明と一緒に」
きっぱりと、言った。
「ならば、言おう。君達二人が一番大事にしているのは、兄弟の繋がりだ」
長が悲しそうに自分の息子達を見た。兄弟の繋がり、それは僕達が仲が良い、と言うのが無くなってしまう、という事なのだろうか。
「繋がりが無くなるのは心配かな?まぁ心配だろうなぁ。ただ、だ。今から丁度15年。それで私の息子が後を継ぐ事になる。その時に、この世界は全く新しい物に生まれ変わる。世界は統治する者によって性質が変わるものだからな。そうすれば私が預かった物は全て元へ還ることになる。それまで、我慢できるか?それまで、兄弟でいられるか?」
15年。それは僕が生きてきた年月よりも長い。そんな長い年月を、明と今までとは違う関係で、過ごせるのだろうか。
「それでも、ぼくは陽一を元の所へ連れて帰らないと。ぼくは絶対、それでも仲の良い兄弟でいられる自信が有るから」
どうして明はそこまで言い切れるのだろうか。僕には自信が無かった。それでも、僕も決めなければならない。僕は決めた。
「僕も帰ります。ちゃんと15年間待ちます」


戻る 次へ
小説トップ