僕の名前 8


 本殿、と呼べば良いのか、門をくぐってから家に入るまでにまたしばらく歩かなければならなかった。
「二人とも、いや人間の兄弟、これから長にお会いするんだ。まさか長でも人間を急に取って喰ったりはなさらないだろうから、安心をし」
そう言われると、まるでゆっくり食べられる可能性はある、と言われているみたいで安心できなかった。長というのは一体どういう存在なのだろう。そしてここはどこなのだろう。ねぇさん達は一体何なんだろう。家に入る時は神社と同じで、敷居を踏まないように、と言われて気を付けた。門から見た時よりも実際の家の方が大きく感じる。天上も高く、壁や柱には綺麗な装飾が施されていた。提灯、というよりはランプに近いだろうか、沢山の明かりが灯されていてとても明るかった。廊下も長く、どこまでも続いているのではないかと不安になった。所々にイナと同じ服を着た者が立っていて、道を示してくれていた。明もねぇさんも一言もしゃべらなかった。しばらく行くと角を曲がり、そこでようやく前に祝いの品を持って入っていったおばあさんに追い着いた。彼女の前にはおじいさんがいて、母と息子の親子連れがいて、そしてその前には厚いカーテンが下がり両脇に茶色い着物に黒い帯を結んだ番が立っていた。親子連れが呼ばれてカーテンの向こうへ消えていった。もうすぐだ、もうすぐ僕達も呼ばれてしまう。すぐにおじいさんも呼ばれてカーテンの向こうへ消えていった。そしておばあさんも呼ばれた。明がきつく拳を握るのが見えた。ねぇさんが深呼吸した。そしてカーテンが開いた。
「どうぞ、長がお待ちです」
言われて中へ入った。
 そこは広間だった。床が石で出来ていてひんやりと冷たい空気を感じる。壁際から沢山の祝いの品が並べられていて、今にも埋もれてしまいそうな中に大きな椅子と小さくてかわいらしいベッドが置いてあって、そこに父親、母親、まだ小さい息子、そして赤ちゃんという家族の姿。厳格そうな両親と、まだ幼い兄弟。長というのはもっと絢爛豪華な着物を身にまとい、お付きの者を侍らせているものだと思っていた。灰色の中に所々黒い模様のある決して派手でない着物、濃い緑色の帯。
「いらっしゃい、オオキ。それに、人間二人」
僕達は呼ばれて前へ進んだ。床に座り手をついたねぇさんに習って僕と明も同じようにする。
「このたびは、おめでとうございます。丈夫にお育ちになると良いですねぇ」
そして顔を上げて長の方を見た。力強い、黒くて印象的な瞳。筋肉質で、がっちりとした体格。でも、怖くない。
「ありがとう」「ありがとうございます」
長とその奥さんが答える。
「そうだオオキ、今回も祝いの品を期待していたんだけどな」
「そうでしたか。ではこちらを」
そう言ってねぇさんは僕と明の背中を押した。
「さぁ、長にあいさつをおし」
やはりねぇさんは僕と明を祝いの品として連れてきたのか。背中が冷や汗で冷たい。冷たい風も吹いている。それなのに時々生暖かい風も吹いてくる。
「長、あの、僕達からもおめでとうございます」
「おめでとうございます」
言って長の表情を確認した。あごひげに指をかけ、黙っている。そしてふっと椅子から降りて僕と明の顔を見つめた。
「お前達、名前は?兄弟なんだろう?」
「僕は陽一です。それから弟の…」
「明、です」
「二人とも光の名前なんだな」
そう言うと両手を広げて僕達の頭をなでた。いや、なでようとした。けれど僕は喰われる、と思ってとっさに明をかばってしゃがみ込んだ。
「ど、どうしたんだ?そんなに怯えなくても良いじゃないか。まさか取って喰う訳でもあるまいし」
「えっ?」
僕は長の方を見た。
「いや、そんな事する訳がないだろう?信じてくれよ」
長は驚いた顔で手と首を左右に振る。
「僕達は、ねぇさんの祝いの品として連れて来られたのかと、そうとばかり思っていました」
ぷっ、とねぇさんが吹き出した。そして大声で笑い始めた。それを見て僕と明はもちろんの事、長までもが呆然としていた。


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