春風に吹く空 1



 僕が死んだのは四月八日の夕方の事であった。この日は僕の街で桜の開花宣言が行われた日だった。春だった。春に僕は死んだのだった。それを発見したのは僕の友人で、僕が行っているピアノ教室の生徒でもある竹田由香利だった。由香利がその後どうしたのかは知らないが、とにかく八日の夜にはたくさんの警察の人間が僕のマンションに訪れ、僕が死んでいることと、その状況を確認した。そして由香利を始めとして数名の僕の関係者の事情聴取が行われる事が決定した。それは、僕が死んでいた状況からでは僕が自殺したのか、殺害されたのか、それとも事故の可能性も有るのかはっきりしなかった為である。
夜から夜遅くまでにかけて、僕の体は鑑識の人間に散々写真を撮られそして検死に出された。僕が自分の死に気付いたのはその頃の事で、僕に気付かせたのは春先に残った夜の寒さだった。気付いたら僕の部屋にはガラスの割れたベランダとピアノ、そして僕の心だけが残っていた。僕にはなぜ僕が死んだのか思い出せない。八日の記憶が無くなっていた。そこでこの事件の担当刑事となったまだ若い吉井貴志と老年の高木洋一の捜査を見届けることを決めた。僕の心はまだ十分に重さを持っていて、この世界の地面に沈んで二人と共に行動することも容易に思えたのだ。そんな中、ひとつだけはっきりしていることがある。なぜ僕がこの世に留まっているのか、それは僕の周りの大切な人達が幸せに生きていることを見届けるためである。


次へ
小説トップ