春風に吹く空 13


 「つまりこの人間は聴覚を失った後に脳内で出血が起こり、それが原因で転落しした、と」
「そうなるわね」
僕の心は全てを思い出し、は再び警察署に戻ってきた。
「脳内出血が原因で転落したと考えるのがまっとうね。でもこの人間は聴覚を失った時点で自殺を決めていた可能性もあるわね。そうでなければベランダになんて出ないでしょう」
白衣の検死官は冷たく言った。
「だが、先ほどの話では害者は聴覚を失ったからといって死ぬ様な人間では無かったらしいな。ならば事故か?」
高木が言った。
「そういえば害者は以前から良くベランダで楚良や海を見ていたという証言が有りましたね。ただこれだと、普段の習慣が事故に繋がったとも考えられるし、逆に普段から害者が飛び降りることを考えていたとも取れてしまいますね」
吉井が首をかしげる。どれも現実だろう。結果は事故死かも知れなかったが、僕は確実に空を飛んでしまった。
「あいつは殺されたんや」
ぽつり、と結城はつぶやいた。でもその後の言葉は絶叫に近かった。
「俺達があいつに、脳内出血があって広がる可能性が有るっていってやれば良かったんや。それで入院でもして貰ったら良かったんや。そうすれば治療で助かったかも知れんかった。あいつが空好きな事くらいみんな知っとった。だったら高いところで出血が悪化せんように言い聞かしておく事も出来たはずやんか」
あまりの剣幕に吉井は驚いていた。高木はさすがに驚かなかったが、白衣の検死官は痛ましそうに結城を見つめていた。僕はまさか結城がそんな考え方をするとは思っていなかった。彼の責任感の強さは知っていた。
「俺が月見里を殺してしまったんや」
立ち上がった結城は机の上から二枚の封筒を取り、そしてハンカチで盛大に鼻をかみながら部屋を出て行った。僕は知っている。結城が鼻を盛大にかんでいるときは涙が止まらない時だと言うことを。お願いだ、僕のために自分を責めないで欲しい。僕は結城が冗談を言うところが好きだったのに。

 誰もそれ以上動こうとはしなかった。ただ、僕はそろそろ地面に沈んでいることが難しくなってきていた。心の重さがほとんど無くなってきたのだ。少しでも気を抜いたら風に飛ばされてしまうだろう。その時は是非風の音を聞いていたいなんて、贅沢だろうか。
 僕は今日一日で大切な人を巡れて良かったと思った。僕が彼らにしたことは申し訳ないことばかりだったように思えたが、それでも彼らが僕を大切に思っていてくれたことが凄く嬉しかった。それを知ることが出来て良かった。そういえば、当初の目的の僕の周りの人達が幸せに生きていることを見届ける、ということは達成できたのだろうか。正直今はまだよく分からない。けれど、大丈夫だ。僕は彼らの周りに今も音楽が広がっていることを見届けたのだから。


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