春風に吹く空 2



 翌九日、朝から刑事の吉井貴志と、そのコンビを組んでいる老年の刑事高木洋一は第一発見者の竹田由香利の家を訪ねる為に黒塗りの車に乗っていた。
「まず、昨日の遺体は月見里りょう、28歳、男性。職業はピアノ教室の講師と言うことになっている」
これは僕のことだ。
「その死体を発見したのは竹田由香利だった。竹田由香利、28歳、女性。職業は…働きには出ていないが自宅で内職をしているということだったな」
「でもどうして通報してきたのは別の人だったんですかね?」
「気になるな。通報者は確か竹田の恋人だと言っていたな」
「でもどうしてすぐに通報しなかったんですかね?気になりますね」
「そうだなぁ。昨日は遅くなってしまって何も聞けなかったからな」
警察が通報を受けたのは夕方だったが、最初は自殺と考えられていた僕の死亡が他殺の可能性もあると言われ始めたのは監察がよく調べた後の、夜遅くなってからのことだったのだ。
「それから第一発見者と通報者は恋人同士らしいですけれど、もしかしたらどちらかが殺しておいて、共犯か、それかかばっている可能性も有ります」
吉井によれば、由香利が僕を殺してそれを恋人がかばっているか、恋人が僕を殺して由香利が恋人をかばっているかだそうだ。
「それから、害者の部屋には空になった睡眠薬の袋が落ちていましたよね。他にもいくつもの薬の袋が。あれを処方した医者というのがどうやらその通報者らしいんですよね」
そう、僕は二年前からあまり眠れなくなり、睡眠薬を飲むようになっていた。
「もしかしたら事前に処方したことにして無理矢理飲ませたのかもしれません。それで眠っているところを協力してベランダから突き落とす」
吉井が力んで言うとそれを高田がたしなめた。
「おいおい、もっと良く考えてみろよ。動機がおかしくないか?例えばもし由香利が被害者とも男女の関係に有ったとする。それで恋人が被害者を殺してしまった。だとしたら竹田由香利は恋人をかばうのか?」
「確かに変ですね。あ、でももし被害者が竹田由香利に関係を強要して、それで二人の共犯によって殺害されたとすると」
確かにつじつまが合う。しかし僕はそんな強要をした覚えはない。
「まぁ勝手に失礼な想像をするものじゃないよ。印象は話にだけ聞いている場合と実際に会ってみた場合では大きく変わるものだから」
「そうでした、すいません。それにまだ事故の可能性も残っていましたね」
昨日の時点でベランダの柵のが壊れて僕の体と共に落下していたことが分かっている。
「でも、どちらにしても竹田由香利の次には通報者である恋人に当たってみますよね」
「ああそうだな」


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