満月の夜に 前半


 満たされない想い。これっぽっちも丸く収まらない感情を抱えたまま、夜の国道沿いを自転車で走る。丸い月が付いてくる。汗が額を流れ、髪がそこに張り付く。前から顔にあたる風が冷たいけれど、体温は上昇していく。全速力で漕いでいるのに景色はなかなか変わらず、いまだに走っているのは郊外にある、まばらな住宅街だ。
 丸い月だけが付いてくる。それ以外のものは消えていく。それなのに全体として与えられる印象は変わらない。少しずつ入れ替わっているはずなのにそこに気づかない。もう手遅れになってから、手の届かない状況になってしまってから、そこでようやく気づくのだ。
 いつの間にか冷たかったはずの風が、上気した頬に心地よくなっている。

 月曜日はいつも憂鬱だ。まず、休日との別れ。でも実際にはその別れは日曜の夜の間に済ませてあるものだから、それほど負担にはならない。最大の難関は、今週も先週と同じような一週間が始まる、ということだ。そう、ほとんど何も変わらない、下手したら一切変わらない今週が始まる、ということなのだ。
 そんな文句を言いながらも、月曜日は無事終わりを告げる。それも当然だ。先週も、先々週も経験した、同じ月曜日なのだ。おそらく来週も、再来週も経験する。これは終わりの見えない無間地獄なのだ。
 でもそんな中、先週と違うものを見つけた。先週の月曜には半分しかなかった月が、今週は丸くなっていた。

 のんびりと夜風に吹かれて道を歩く。少し酔いの回った体に秋の始まりのひんやりとした風が当たる。
「週の頭から酒を飲むなんて、不謹慎よ。」
電話口から聞こえるあなたの声はそう言っている。それでも
「今夜は酒を飲まずにはいられなかった。別に悪いことが起こった訳じゃないよ、それだけは言える。」
いつも心配させているようだから、先に言っておこう。
 「とにかく今日は、気分が良かったんだ。本当に、それだけ。」
それだけで、どうしても酒が飲みたくなった。
「普段そんなこと、無かったじゃない。」
いいや、そんなことは無かったらしい、まだあなたの知らない部分が残っていただけ。
自分でも驚いた、まだ知らない部分が残っていたとは。
月がきれいだというだけで美味しい酒が飲めるなんて。


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