和音4

 夜中の2時過ぎ、俺が体力を使い果たして精神力だけでどうにか帰宅すると、ユサヤは一人でテレビを見ていた。夜中にやっている昔のB級映画だ。
「おかえりなさい」
「ただいま。何か・・・久しぶりにただいまとか言った気がするな」
冷蔵庫から牛乳を取り出してそのまま飲んだ。なぜだろう、相手が居るとしゃべりたくなってしまう。本当ならすぐにレポートをやり始めないと朝に間に合うのかどうかも怪しいのに。
「今日は楽しかった?」
ユサヤはテレビを消してこたつに座り直した。
「どうだろう?最近こなしてるだけかもしれないな、こんなきついこと」
俺は自転車で全力疾走してきたばかりだからこたつには入れない。ジャケットを脱ぎながら答えた。ユサヤはしばらく俺の事をじろじろと見て言った。
「そうか。まぁ今夜が楽しみだな」
 そう、何だかとっても俺の家に馴染んでいるが、ユサヤはやはり俺の夢を喰いに来た夢喰い神ユサヤなのだ。今夜こそは俺の夢を喰うと目の前で言っているのだ。一日忙しかったから考えても見なかったけれど、それは一体どういう事なのだろう。
「あのさ、夢を喰われるってどんな感じなの?」
「知らない。僕にも分からないんだ。僕は自分の夢を食べることは出来ない。出来るのは夢に入ることと夢を見せることと夢を食べることだけだから」
「ふーん・・・」
ユサヤは穏やかに答えた。けれど眼がどこか獣じみている。夢を喰うのは穏やかに行う動作なのか、それとも獣の様に荒々しく行う動作なのか。今のユサヤを見る限りどちらも想像できたし、どちらも似合うだろう。
 しかし、ユサヤは一体何なのか。神だとか、神話に登場するユサヤと同じ様だが、その神というのは何の事なのか。こたつに入って少し顔がピンク色なっているユサヤに聞いて良いものなのか。
「もう一つ気になるんだけどさ、夢喰い神だってばれてて良いもんなの?」
「えっ」
ユサヤは言葉に詰まった。ユサヤの顔が赤くなった。
「どうなんだろ。別に決まりは無いと思うけどな。今までもユサヤだって言ってたし?夢喰いだって言われることもしょっちゅうあったし?時々神を信仰してる人に捕まってかなり困るけど。精神科に連れて行かれたこともあったけど。君は夢喰いのユサヤだと気付きながらも態度を変えないで接してくれてかなり嬉しかった」
「そうなんだ。ありがとう。でもずぶ濡れとかこたつでテレビとかあんまり俺と違うように思えないし」
言うとユサヤの顔色が少し戻った。
「そうそう。実際そうなんだよ」
言って手を組んだユサヤの指が黄色い。絶対にみかんを食べた手だ。
「夢喰い神って僕のこと呼ぶよね?でも僕は僕自身の中では夢喰いのユサヤでしかないんだ。これはひとつの持って生まれた能力でしかない。それなのに人間は我々の事を神と呼ぶ」
つまりそれはユサヤは自分では自分を超能力者の一種だと思っていると言うことなのか?それとも俺達人が一種の超能力者を神と名付けて勝手にあがめているだけなのか?
「確かにね、同じ仲間でも世界を構築したような奴は凄いと思うよ。信仰の対象にしたくなるのも分かる。でも僕に出来るのは夢を食べること位なのに。それなのに同じ仲間だから神と呼ばれてあがめられているんだ。おかしいと思うよ」
そこでふっと黙った。そして二人同時に口を開いた。
「てかそもそも、神ってなんなんだ?」「神って何の事なの?」
また二人同時に黙り込んだ。
「ひとつの名称なのかもしれないね。こういう僕みたいな種族にたいする」
「なるほどね。種族が違う・・・のか?それは初めて聞いたな」
俺が言うとユサヤは少し考えて答えた。
「そうなんだと思うよ。そう。多分。種族が違うんだ、多分。でも種族というよりは属性が違うんだと思う。僕はこういう目に見えないものを操る事が出来る性質。だとすれば人はそれを理解せずに何か絶対的な力を持った存在だと思っているのか」
 俺は考えていた。ユサヤの言葉は理解できても、今まで信じてきた常識とは違いすぎるから飲み込めない。落ち着いて冷えた体が寒くなってきたからこたつに入った。そうすると眠気を感じた。レポートをやらなきゃならないのに。取り敢えず風呂か。
「ユサヤは神と呼ばれるのは嫌い?」
「最初は嫌だったけどね。慣れたよ。随分と長い間呼ばれてるとね、よく分からなくても馴染んでしまう物なんだよ」
残念そうな顔をして笑った。確かに、始めは嫌でも慣れるとそれで良いと思ってしまうものがある。俺にとっては塾講師の時の先生という呼ばれ方がそうだ。
「それより僕、お腹空いたな」
「じゃぁ何か作ろうか?俺も夜御飯ちゃんと食べてなかったし」
言うとユサヤがこたつから立ち上がって布団を敷きだした。
「いいよ、早くお風呂に入って貰った方が嬉しい。その間に色々整えておくから」
そうか、ユサヤの言うお腹が空いたというのはさっさと寝て夢を喰わせろという事だったのか。俺は風呂に入った。


戻る 次へ
小説へトップ