詳説変換・思考回路 あ行

アメフラシ

 俺はアメフラシである。貝の仲間であるが俺が貝の仲間であると言うのは人間が「私は猿の仲間だ」と言うのと同じ様なものである。まぁそんな訳で俺は腹の中に堅い石を持っている。そして意志も持っている。…しゃれではない。これを殻の名残だと言う者もいるが外に無いのだからこれはただの石である。
 そうそう。アメフラシというのはウミウシの一種であるがまぁそれは人間がチンパンジーと近いと言うのと同じ様な事である。その俺を観察するために捕まえるのは止めてくれないか。白くて四角いトレイの中に入れてつつくのは止めてくれないか。そしてマンジュウボヤを俺の腹に乗せるのも止めてくれないか。俺だって重かったら腹をよじって落とすんだ。動いたと言って喜ばないでくれ。
 俺だって生きているんだ。生き抜くための堅い意志を持って。


椅子

 椅子はこの世の最高の物の一つである。芸術性と実用性を兼ねそろえている。最高じゃないか。どれだけ見ていたって飽きやしない。座ってみても、離れて眺めてみても、幸せになれる。
 なら、どうして椅子をこの世の最高の物と言い切らないのか。それは音楽もまた最高だと思うからだ。あれは実用性などこれっぽっちも持ち合わせちゃ居ないが、このどうしようもない人間の心に換気扇を取り付けた。


上向き

 彼女には上を向く癖がある。歩いている時、立ち止まって信号を待っている時、自転車に乗っている時、ライブハウスで真剣に聞いている時、授業中、歌を歌っている時、とにかくありとあらゆるシーンで彼女は上を向く。
 その理由を彼女は知らない。彼女自身は「上を向いて歩こう」がとても好きだが、別に彼女は泣きそうでなくても上を向いているし、むしろほとんど泣いた事のない人間である。ではなぜ上を向くのであろうか。
 彼女自身は、上を向くと空が見えるのが好きなようだ。しかし授業中は空は見えない。また、空を見ると元気が出るらしいが、ライブハウスは地下にある。体型だとか姿勢の問題であろうか。いやしかし彼女はどちらかというと猫背なので上を向くのは不自然なはずだ。
 それでも彼女はなにかにつけて上を向いている。ご飯を食べている時も、楽器の練習をしている時も。そしてそうすると風に風や光が当たる事を知っているし、そうなると少し楽しい気持ちになれる事も知っている。




 そう、僕の喉元を覆う硬い骨を一枚剥いて。そうしたら鮮やかな赤い襞が沢山あるのが見えるでしょう。僕はそこで呼吸しているのです。今度はそれを、引きちぎって。そうすれば僕は心臓を握り潰されるよりもゆっくりと死んでいけるから。生死の狭間を漂ったら、少しは苦しむ事が出来るのかしら?僕は何の感情も感じられません。心はどこに行ってしまったのでしょう。
 僕は水の中でしか呼吸が出来ないのです。鰓に水を通すことによって、水中に溶けている酸素を取り込む事によってしか生きていけないのです。でも今僕は陸に上がって生活している。息苦しさなら十分に感じているのです。
 でもそれなのに、僕は苦しいと思うことが出来ないのです。
 藻掻きたいのに藻掻けないのです。
 襞は何枚もあるでしょう?これだけ沢山の面積が無いと十分なだけの酸素を得ることが出来ないのです。その襞は一本の太い骨に繋がって、やがて脳天を覆い隠す骨に続いているでしょう?次はそれを手折って欲しいのです。
 そうすれば、僕は僕の首筋を僕の血が筋になって流れていくのを見るでしょう。そうやって生きている事を確かめたいのです、死の間際に。でもきっと今の僕は、それを見て綺麗な色であることに安心して眠ってしまうのでしょう。僕の中のいくらかの部分は、僕の中に未だに綺麗な色をした部分が存在していた事にほっとしたいのです。
 僕は僕がどこに行きたいのか分からないのです。最後に、どうか教えて下さい。胴体と頭の間にぽっかりと大きな穴の開いた僕に向かって、無への道を示して下さい。僕はもう生きたくは無いのです。


親子丼

 今日こそは一ヶ月ぶりに自炊をしてよろうと思って、みんなが一緒にご飯を食べに出かけていく中帰って来た。途中スーパーにも寄った。白いご飯が食べたい。今夜のメニューは簡単なのに美味しい親子丼に決定。
 玉ねぎと鶏肉だけだと寂しいから舞茸と賞味期限の気になる糸こんにゃくも投入。後はだしを入れて煮込むだけ。
 後はご飯が炊けるのを待つだけ。煮立った具には卵も落とした。
 炊飯器の、炊き終わりを告げる電子音が高らかに鳴った!
 どんぶりに山盛り盛りつけ、そして私はそれを暖かい部屋の中で食べる!

 …簡単に言うと、非常に美味しかった。でも、自分で作ると親子丼に限らず何でも美味しい。自己満足ってやつですか?でもそれでも良いじゃない。だって、美味しいご飯がお腹いっぱい食べられたんだから。


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