明日へ行く電車 前半


 白を基調とした車体、上半分は白で下半分は薄い青緑。窓枠の部分は白くなっていて、ドアの部分は青緑になっている。なぜか色が輝いて見える。行き先のところの表示には、「明日」と書いてある。乗客は私のほかにいない。私は一人ぼっち。ここは電車の中央の車両だから、車掌さんの存在は時々流れてくるアナウンスでしか感じることができない。運転手さんは、この電車が走っているのだからいるのだろう。
 この電車は明日へ行く電車。今は真昼の、海沿いの線路を走っている。右手には海が見えて、左手には街並みが見える。そのもう少し向こうには緑の濃い森が見える。日本ならばどこででも見られるような景色。でも気のせいか、普段見る景色よりも少し輝いて見える。
私は一人ぼっち。ボストンバッグを片手にこの電車に乗った。この電車に乗ったのは偶然だった。行き先なんてどこでも良かった。ただ、うちから一番近い駅のホームに立って、一番最初に来た電車に乗っただけ。
この電車に乗ったときはまだ午前中だった。それがいつの間にか昼になった。その間にたくさんの駅に止まった。最初のうちは知っている駅ばかりだった。それがそのうち名前は知っている駅になって、それがいつの間にか知らない駅ばかりになって、まったく知らない駅の連続になった。
お客さんは時々乗ってきた。でもすぐに、みんな何駅かで降りてしまった。お客さんの顔ぶれは少しずつ少しずつ入れ替わり、今は私だけ。一人だけになった私はボストンの中からおにぎりを取り出した。朝、駅前のコンビニで買ったものだ。ボストンの中にはいくつかのおにぎりと、パンと、たくさんのお菓子と、少し多めのペットボトルと、書きかけの日記帳が入っていた。その中から私は一番腐りやすそうな具のおにぎりを選んで食べる。その間も窓の向こうで少しずつきらきらした景色が流れていく。
窓の外では風が吹いているのだろうか。いつの間にか電車は畑や田んぼの間を走っていて、ところどころにある案山子の服が、はためいていた。時には農作業をしている人も見えた。アナウンスがあって電車が止まってみると、そこは田んぼのど真ん中で驚く。田んぼの周りに流れている時間はゆっくりに見えて、気のせいでなければ電車もゆっくり走っているように思えた。

 お昼ご飯を食べ終えた私は、書きかけの日記帳を取り出して、日記を書いた。最近はやりの自己啓発の本に魅了されて、毎日寝る前に、明日やりたいことを日記帳に書いていた。かわいいテディベアの柄の、4月始まりの日記帳。けれど夏になる前に、私は日記帳に書いたことが実現できないことなんて知ってしまった。いつからか、私の日記帳は、一日に起こったことをすべて良かったことに脚色して書く、始めた当時とは全く違った内容になっていた。
 ペンを取り出して書く。もう二週間近くも日記帳を書いていなかった。となると、この日はまだ夏休みになっていなかったんだなぁ。そんなことを思い出しながら、ラメの入ったペンで新しい記憶を作っていく。


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