詳説変換・思考回路 た行

たぬき

 私はマンドリン弾きである。マンドリンと言っても世にいうびわのみたいな形をしたあれではない。フラットマンドリンと言ってかわいらしい形をした、立って弾くために改良されたマンドリンである。そのマンドリンを私はこないだの5月に買った。自分の楽器を買ったのだ。
 楽器を買ったのは3回目だった。1度目はアコギで、これは全くの初心者だったので何をどう見て善し悪しを判断すれば良いのかも分からず、取り敢えず店に有る中で一番安い物を購入した。まぁ、部屋で一人で弾く分には問題ないが、人と合わせられる様なものではない。2度目はエレキだった。今度は多少ギターという物について分かるようになっていたので値段の割に良い物を選べた。これは後に、ずっとギターを弾いてきた友人にも認められた品で、そこそこ良い物だと考えて良いだろう。
 さて、問題のマンドリンであるが。これは一年ちょっとサークルの楽器を弾いて、だいたいマンドリンがどの様なものなのかは分かっていたが、それでもやっぱり楽器を選ぶ方法は良く分からなかった。それで、取り敢えず店に有ったマンドリンを全て弾いた。音で気に入ったのは2つだった。同じ作者のマンドリンで、片方は中古でもう片方は新品。
 エレキを買ったときに一つだけ学んだ事が有ったのだが、それが「仲良く出来そうな楽器を選べ」という事だった。「仲良く出来そうな」というのを人は「直感的に気に入った」と言うらしいが、私はそんな難しい事なんて考えない。取り敢えず仲良く出来そうな楽器を選ぼうと思った。そのためにわざわざ地元関西の楽器屋まで足を伸ばした。関西人同士の方が仲良く出来る気がしたからだ。
 さて、私は2つの楽器を前に悩んでいた。どうも外見的に中古の楽器の方が仲良く出来そうだった。音もそっちの方が良かった。しかし、新品の方も新品の、全く使われていない状態にもかかわらずかなり大きな音が出る。弾き込めば立派な楽器に成長する可能性がある。私は時間をかけて両方を弾き比べた。
 そして新品の方を選んだ。しばらくして、中古の方の弦のびびりを見つけたのだ。私はエレキのネックが反った時にびびりの嫌さを散々体験していた。それを考えると新品の楽器の方が良かった。互いに新米同士として、これから成長出来るだろうから。
 そうして私はこのマンドリンと暮らすようになったのだが、最初のうちは私の馬鹿力で弾くと音がでかいのだが他の人が弾くと上手くならない事もあり、値段に比べてよろしくないという評価もいくらかうけたが、2ヶ月も引き込むと非常に良く鳴るようになった。そして私と同じように気まぐれに成長した。やる気のある時はちゃんと鳴るのに、やる気の無いときは全く鳴らないのだ。自慢じゃないが、人はそれを「良い楽器」と呼ぶらしい。
 ところで、なぜこのマニアックな文章の題名がたぬきなのか。それは私のマンドリンがまっくろで、何だか大きくて、縁が白くて、どことなくたぬきに似ているからである。もうこのまま名前もたぬきにして良いかも知れない。どうしようか。


チョコレート

 チョコレート、これは私の大好物である。でもそれは過去の話である。いや、今でも大好きでは有るのだ。でも、もうチョコレートさえ有れば生きていけると言うほどではない。それでも、確かに大好物だったのだ。
 チョコレートが沢山食べられなくなっている自分に気付いた時はかなりショックだった。それはよく「大人になると甘い物が…」などと言われるが、まさかこの自分の身に起きるとは思ってもみなかったのだ。沢山のチョコレートが目の前に有っても、それは一行に減りやしない。口の中がべとべとした。哀しかった。
 そうして私は大人になった。成人するよりもいくらか早くの事だった。誕生日が来た事で私は自分が大人になったとはちっとも感じなかったが、それもそのはず、もう少し前に私は大人になってしまっていたのだ、大量のチョコレートを食べられない大人に。

 今でも子どもの頃の友人は私に沢山のチョコレートをくれる。けれど私はもう一度に沢山のチョコレートを食べる事は出来ないから鞄にしまい、後々ゆっくりと食べる。
 ただ、大人になってからの友人には驚かれる。何しろ私は、いくらチョコレートが前ほどは食べられなくなったからと言って甘党には変わりないのだし、まだ私の食べるチョコレートの量は普通の人からしたら大分多いのだ。


積み木

 ある日、そこに小さな王国が興った。王国とはいっても城が有るだけだったがそれでも主は満足だった。主はそれまで何度も失敗を繰り返し、ようやく最後の一つの部品を積み上げて城を完成させ、そして王国を興したのだった。
 しかし主は3時のおやつに呼ばれて姿を消した。
 その三十分後主は戻ってきた。主は怪獣に変身していた。怪獣は城につっこんだ。城はばらばらと崩れていく。王国は滅んでしまった。

それを見てわたしは思う。たかが子どもの積み木遊び、されど子どもの遊び。誠に単純ながら良く世の中の事を表しているではないか。こうやって少しずつ世の中の仕組みについて学んでいけば息子もいずれ立派な王になれるだろう。わたしはそれまでに怪獣に変身しないように生きなければならない。そして息子にこの位を譲るのだ。


天使

 天使が舞い降りてくるのを待っている。ずっとずっと待っている。別に自分が不幸だとは思わない。それなのに天使が舞い降りてくるのを待っている。奇跡を体験してみたい?幸運を求めている?少し人に優しくされたい?そんな所だろうか。
 天使のイメージは、白い服を着て、白い羽根が生えていて、宙に浮かんでいる。優しい笑顔、優しい言葉遣い。中性的な顔立ち。そして虹色に輝いている。けれどそんな天使には夢の中でしか会えないに違いない。期待している天使が舞い降りてくると言うのは比喩なのだろうか?そんな事は無いはずなのに。
 これだけ気温が低ければ、明日は雪が降るかも知れない。雪もひとつの天使かも知れない。


時計

彼女は朝、目覚まし時計に起こされた。顔を洗って服を着替えて、化粧をしてご飯を食べた。そして腕時計をして出かけた。
退屈な授業の間は黒板の横にかかった大きな時計を何度も見た。
まだ終わらない、まだ終わらない。少し寝ちゃおうかな。
お昼休みは友達とおしゃべりをしながら携帯をいじる。画面に時計が表示されていた。
放課後、サークルへ出かけた。彼女は部室の時計を見て、練習に間に合ったことを安堵する。
夜は時計台の下で友達と待ち合わせ。いつになれば来るのかしら。
そして帰宅して、彼女は明日のために眠りについた。目覚まし時計をセットして。

 時間って何のために有るんだろう。彼女は考えていた。一日中ずっと時計を見つめながら、彼女は自分の生活について考えていた。どうして時間に従って生きているんだろう。もっと余裕のある生活は出来ないのだろうか。毎日毎日眠い目をこすりながら生きていて、でも全く成果は上がらない。
いつか報われる日は来るのだろうか。


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