和音2

 夢喰い神ユサヤというのは、俺の読んだ、この国に昔存在していた信仰の、その神話を集めた本に出てきた神である。夢喰い神ユサヤは人の夢を食べて生きている。だから夢喰い神。ただそれだけの事なのだが、この神に関する話は沢山本に載っていた。例えば少女の悪夢を食べて解決する話が有ったし、政治家の夢に現れて近い未来について語って行った話も有ったし、おかしなものでは社長の秘書をやっている話も有った。他の神と一緒に登場する話も数多く有った。
話はどれも時代も場所もてんでばらばらだったけれど、それでもその中に描かれている人物像はどれも同じ様なものだった。男で、二十歳くらいに見えるが、色が白く細身で、存在を疑いたくなる。けれど、その姿とは違って声だけは良く通る。優しくて中性的だけれど、例え寝ていても聞こえる良く通る声。そして行動は突飛だ。夢を喰う為ならば病気や怪我はいとわない。これだけの報告があるのならば、その神は本当に存在するのではないか。神話の解説は、最後にそういった考えをする者も存在すると書いていた。
さて、俺は目の前のユサヤと神話に出てくる夢喰い神ユサヤの想像図を見比べていた。非常によく似ていたが、こいつが本当に神だ何てことがあるようにはとても見えなかった。確かに特徴は捉えていた。しかしあまりにもずぶ濡れになっていたのだ。特徴とはいっても年と体型と声質だけ。目鼻立ちの情報は無い。今は俺が渡したジャージを着てこたつに納まって深夜のくだらないテレビを見ている。そう自分に言い聞かせて俺は自分の仮定を打ち砕こうと試みた。
「どうしてうちに来たの?」
俺は取り敢えず聞いてみた。
「久しぶりに仕事が出来そうだったから」
ユサヤはテレビから目を離さずに答える。
「仕事って何?お金貰えないのに仕事なの?」
俺は鍋の用意をしながら言い返す。
「本当は仕事じゃなくて生きていくために必要な事なんだけれど・・・周りにはそれを仕事だと言われる。たしかに結果を相手の側から見ればしていることは仕事なのかも知れない」
「ふーん、よく分からないな。ってか本当にここなの?本当はただ飯たかりにきたんじゃないの?」
俺はもう一度確認する。
「確かに場所はそれ程重要ではない。ただ、少し知りたかっただけとでもいおうか。ご飯なら食べなくても生きて行けるから、ただここにおいて貰えればそれで良い」
ユサヤは良いながら俺を振り返り、そして俺が二つの茶碗を持っていることに気付いた。
「ありがとう、ちゃんと食費は払うし手伝いもする」
そう言うと腕まくりをしながらこたつから這い出した。
「夜は遅いけど食べないと眠れないからな」

 寝る前にユサヤに聞いた。
「なぁ、夢喰い神ユサヤなのか?俺の仮定は正しいのか?何度否定してみてもそういう結論になっちゃうんだ」
寝袋から出たユサヤの顔は電気を消しても白いから見える。起きているのは分かるけれど、何を考えているのかまでは分からない。
「ぼくには神というのが何を指す言葉なのかが理解できない。ユサヤはユサヤなんだ。そうとしか呼ばれないから」
良く通る声なのに、その優しさが眠さを呼んだ。明るい状態で聞いた声とは何かが違う。あくび混じりにもう一つ質問した。
「俺最近夢なんて全く見ないよ?」
ユサヤがこっちを向いている。俺の枕元に立っている。
「良いんだよ、それでもここならば満足のいくだけの食事が出来ると分かっているから」
俺は眠りに落ちた。


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